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『なぜ君は絶望と闘えたのか』・・本村 洋の3300日・・新潮社

 光市母子殺害事件の公判があるたびテレビのニュースに取り上げられる本村 洋さんの発言を聞き挙措動作を見ていた。そして、家族愛と正義の名において厳格な法の裁きを要求する論理と姿勢をOJISANは本当に立派だと思った。この人の考え方や姿勢をつくったのは残念ながら妻と子を殺害され、犯人を裁く裁判の過程が大きな要素となっていると思うがそれだけではあるまいという思いがあったのでますますこの人は何者なのか知りたかった。

 この本を読んで分かったことだが、本村 洋さんは高校時代から人生を変えるほどの病気と戦ってきていたのだ。OJISANであればそれだけでそうとうメゲた生き方をしただろうが彼は立ち直っただけでなく妻子を殺され、理不尽と思われるような司法による犯人擁護と戦う力まで蓄えるに至った。しかし、それは結果論で本村 洋さんは鉄の男ではない。絶望して死を考えたことも幾たびかあったようだが、周囲が彼の絶望を癒し、支えたからこそ力を蓄えたとも言える。少なくとも本村 洋さんには周辺の人々が彼を支えてあげなければならないという思いに駆られる人間的魅力があった。

  徒手空拳に近い本村 洋さんの戦いが人間的で雄々しいものだったのに対して、いわゆる司法の専門家たちの動きは空疎だった。裁判官の犯人に対する形式的な人間把握、専門性の感じられない相場主義の判決、そして、なかでも信じられないような弁護士の弁論は、従来の「弁護士は正義の味方」という期待を裏切るものだ。ある時点から弁護士たちは完全にしろうとの本村 洋さんに負けていた。弁護士たちには、勝つためには極端に事実をねじまげ詭弁を弄し、死者を冒涜するがごとき弁論も許されるのだとする傲慢が見え見えだった。大目的は被告を死刑から救うことだったためだと思うが、この事件公判の経過が影響したことは確実で日本の死刑廃止運動はかなり後退したものと思う。それとも、あの弁護士たちは「死刑制度のかくれ支持者」で死刑制度を維持するためその活動は被告の命をかけた高等戦術だったのだろうか。

 

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