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2008年5月

母の衰え

 libraいつも変わらずに見える母もやはり衰えてきているのだ。この5月で母は89歳になる。その母の介護を始めて4年目を迎える。はじめは通いで、今は同居してみている。OJISANから見ると母は模範的な老人である。礼儀正しいし、忍耐強いし、矜持を持ち、なるべく人を頼りにしないように努力している。足腰が弱り、難聴で、目も半分見えないにもかかわらずである。同居の当初は母の失敗に目くじらを立てて怒鳴ったりしたこともあったが、母の失敗のたびに実はOJISANも対処に失敗しているのである。
 しかし、母の失敗にあわてふためくたびにOJISANは介護のあり方を学んでいる。介護方法というよりも介護者としてのこころのもちようが成長していることを実感するのだ。したがって、いまでは二人の間に波風も立たず、穏やかに日を重ねている。それにもかかわらず母が衰えてきていると感じるのが悲しい。

 happy01OJISANは母の介護を通じて、年寄りの相手をすることの楽しさを知った。実に味わい深いのだ。実に暖かい雰囲気なのだ。こちらから呼びかけやアクションを起こせばかならずそれなりに応えてくれる。同居生活も慣れてきて、毎日母とともに大笑い、クスクス笑いがあるゆとりが生まれている。そろそろ自分自身がOJI-SANとなりつつあるOJISANも晩年にはその味が出せるようになるだろうか。よく世間ではひねくれたジジ、ババの話が出るがそういう年寄りはごく少数なのだと思う。
 若い人たちがたくさん介護施設で働いているが、あんがいこういう老人たちの命の輝きにふれる楽しみを感じているのかもしれない。母がデイ・サービスでお世話になっている施設にも若い人たちが入れ替わり働いている。「入れ替わり」という表現は辞めていく現実を暗示したつもりだが、意義ある仕事でも食えなければ辞めざるを得ない。介護の仕事に魅力を感じている若者たちに生活できないという現実をつきつけてはいけない。世代間の断絶そのものであるから。

 sun母にはがんばって生きていてほしい。母の衰えを感じて歳だから仕方がないと思う一方で、OJISANのこころには密やかな不安がある。 

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『ヒトラー・マネー』講談社

book 第二次大戦中のナチス・ドイツによる偽金づくりの話。スリルとサスペンスよりも偽金づくりを成功させるために優れたマネジメントをしたひとりのSS少佐の動きを中心としたドキュメンタリーである。

 近代以後の戦争は国家総動員戦だ。何でも有りだ。それぞれ戦争の大義は我に有りとふりかざすが、内実はなりふり構わない大陰謀、大量殺戮、大破壊の連続だ。道徳とか正義とか騎士道(武士道も?)が顔を赤くして逃げ出す始末である。
 敵国の偽金をつくってばらまいて経済を大混乱させ継戦能力を喪失させようというアイデアなど戦争当事国としてはすぐに思いつく。だが、実行となると躊躇する国もある。この本によれば、アメリカではかのノーベル文学賞作家のスタインベック氏がライヒス・マルクの偽金を作って戦争に勝とうという提案を大統領にしたが、検討した結果(たぶん犯罪行為だと判断したのだろう)却下された。そうだよね。これで戦争に勝ってもそれ以後偽金づくりは犯罪じゃなくなる。だって大統領自ら偽金を作っていたなんてことになったら、たとえ戦争だったからといういいわけも空々しいかも。

 ところがナチス・ドイツは違った。指導者連中は歴史の事実が示すとおりきわめつけの犯罪者集団だったから偽金づくりなんかぜんぜーん平気。(日本軍はなぜやらなかったのだろう。きっと想像力が足りなかったのだ。第二次大戦中日本軍は一貫して想像力が不足していた。)いかにして本物そっくりのイギリス・ポンド札をつくるかとすぐさま作業にとりかかった。最初の偽札はうまくいかなかった。マネジメントがアバウトだったからだ。次にヒムラーからマネジメントを命令されたベルンハルト・クルーガーは有能なマネージャーだった。絶滅収容所内に偽金づくり工場をつくり完全な隠蔽工作に成功した。だってこの収容所を出られるのは死人だけだったから。
 偽金づくりをする人材はユダヤ人、捕虜などからリクルートした。これからが大事なのだがクルーガーはそれらの人材を人間的に扱った。そのことで意欲と才能を引き出した。そこらへんのクルーガーとユダヤ人たちのかけひきが実に面白い。もっともユダヤ人や捕虜たちは命がけだから面白いどころではないが。

 結局のところ、ベルンハルト・クルーガーとそのグループは本物のポンド札より本物の札を作り上げてしまった。それを各地で大量にばらまいたらしいがあんまり大騒ぎにならないうちに戦争はドイツが負けて終わってしまった。イングランド銀行は偽札に気がついて大騒ぎしたようだが、世間にはあまり広まらず収束してしまったようだ。本物を作っちゃダメだよクルーガー君。
 最近キム・なんとか君が偽金を作っていたらしいともっぱらの評判だが、これからの戦争では偽金づくりは古典的戦術になりつつある。特にドルはダメだ。アメリカ人は小切手ばかり使うからだ。これからはなんといってもコンピューター・ハッキングによる撹乱戦術が主流になるだろう。ちまたでは影の戦争はすでに始まっているといううわさもある。
 自分の部屋でひとり平和にシコシコ楽しんでいるハッカー諸氏が大量動員される日がいつまでも来ないことを祈るのみである。

 

 

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『サブ・プライム問題とは何か』宝島社新書

 題名のとおりいったいどんなことなのか無知なOJISANにぴったりな解説書だと思い読んでみた。OJISANはそもそも「プライム」の意味さえ分からなかった。上級とか一流の意味だそうだ。サブとはその次の意味で「一流の次のローン」というわけだ。分かったかな?この受け売り自体が間違っているかもしれない。OJISANは責任が持てないので油断しないように。

 サブ・プライム・ローンは初め善意から始まった。本来は新築の家など購入できそうもない階層の人々に家を手に入れてもらおうと政府の肝いりで補助あり、モラトリアムありという形で金がない人でも時間をかければ何とか借入金を返せそうだというローンである。その背景にはアメリカの住宅はそこに住んでいるうちに値上がりするという神話があった。日本では新築の木造住宅などローンを払い終える30年が経つころほとんど無価値扱いである。ところがアメリカでは中古の家でも購入後住みながらDIYで住み心地や見た目をよくして、売るときには買ったときより高い値段で売れるというのが(今までは)常識だった。だから万が一人生計画がうまくいかなくてローンが払えなくなっても家を売り払えば悪くても収支トントンという計算が成り立っていた。

 銀行はそういう神話とアメリカ的楽天主義でどんどん貧乏人に家を買う金を貸した。危なくなれば家を取り上げればいいのだ。取り上げた家は高値で売ればいい。そしてさらにどっかの頭はいいが倫理的には問題含みの知恵者が考えたのだと思うが、取り上げたたくさんの家を債券の束にして国内や国外にロー・リスク、ハイ・リターン商品として売り出した。それを儲けのタネとして買った金融機関が世界中にいっぱいあった。ところが、家は、つまり債券は値上がりしなかった。そして一つの破れ目が全体の信用を破綻させた。アメリカ、ヨーロッパの金融界はいまガタガタだ。これがサブ・プライム問題だ。どうだ分かったかな?無知な者ほど人の言葉を借りてエラソーなことを書く。つまりOJISANのことだ。

 OJISANは少ない脳みそをかき集めて考える。サブ・プライム問題は資本主義の悪いところがむき出しになった問題だ。今から15年くらい前には資本主義の対極として共産主義があった。お互いに相手のイデオロギーを攻撃するとともに自分の欠点を隠しイデオロギーの良さを宣伝した。それぞれそれなりの政治、経済、倫理的自制が働いたはずだ。そして結局理想と現実と自制と倫理の乖離があまりにもはっきりした共産主義は破れた。そうすると勝った資本主義も欠点がうごめき出す。資本主義の最大の欠点は貧乏人をいじめることだ。金儲けのいちばんオーソドックスな方法は貧乏人から搾り取ること。だが今回はやりすきた。自ら落とし穴に落ちてしまった。ざまーみろ。貧乏人万歳!というほどでもないか。とにかく、はい上がるのに時間がかかりそうだという予測がなされている。

 さて、日本はどうかというとバブルがはじけて金融機関がボーゼンとしているうちだったのでサブ・プライムに乗り切れなかった。それが幸いして傷はそんなに深くないようだが、似たような現象が深く静かに始まっているかも。と著者の春山昇華先生は警告している。

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