OJISANジーンズを穿く
OJISANは最近たてつづけに二本もジーンズを買って穿き始めた。57年ぶりである。きっかけはふと気がついたことからだ。なんと街ゆく学生、勤労者を問わず20歳前後の若者たちが仮に10人歩いていたとして6人はジーンズ姿だということ。休日ならその数はもっと増加する。若者だけではない。中高年であっても10人中3人は、いやもっと多数かもしれないおじさんおばさんがあるいは老婆がジーンズを穿いていることに気がついたのだ。気がつくのが遅いと言われれば、OJISANは高齢者の部類で高齢者は得てして時代の動きについて行けないのだと言い訳するしかないが、それにしても環境適応力が衰えているのかもしれない。
そういうOJISANでもジーンズに関する断片的な知識は持っている。①発祥はアメリカのゴールド・ラッシュの時代、鉱山で働く労働者が安くて丈夫な生地を加工して身に着け始めたらしいこと。(違うかな?) ②藍染めの染料が洗うたびに流れ落ちて白っぽくなること。 ③労働服なので特に擦れるところや布地の曲がるところの色が落ちること。伸縮性に欠けひざの部分が出やすいこと。 ④現代日本では真っ新なのをわざわざ石やヤスリ等の道具でこすり、色落としをしたり、模様状に加工したものがカッコイイとされること。 ⑤したがっていかにも使い古したヨレヨレ状態がヨイモノとされるらしいこと。 ⑥さらに良くするために(高く売るために)ところどころを破いたりすること。 ⑦労働服で、色落ちして、変な模様がついて、使い古しで、ひざ部分が出て破けているジーンズがビンテージと言われていること。(ビンテージって最高級という意味だぜ) ⑧いまやビンテージジーンズを穿いて高級ホテルに入っても追い出されないこと。(でも、宮中や卒業式は無理かもしれない。結婚式は可能か?) ⑨毎年ベスト・ジーニストとか言う人々が選出されていること。 ⑩ジーンズを知らない人、ジーンズを穿かない人は「化石」と呼ばれていること。
こんな風な時代遅れのOJISANだが、この文章の一行目にさりげなく書いてある文言に注目してもらいたい。今から57年前、昭和30年には実はOJISANはジーンズを穿いていたのだ。証拠の写真もある。(特に強調しておきたい)たぶん日常に着用した人間として戦後もっとも早い例であったろうと自負しているのだ。このときOJISANは小学6年生卒業の年だった。写真の風景は、小学校の校庭の隅っこ、二宮金次郎の石像の下だ。卒業記念に仲の良い友だちと二人丸坊主で(当時の男子はこれが当たり前)肩を組み写っている。注目のOJISANのいでたちを下から描写すると下駄を履き(貧乏だったから足袋・靴下の類は穿いてない)、ジーンズに上着はジャンパーという格好だ。
ジーンズを詳細に点検すると各所の折り目に擦り痕がついて白っぽくなっている。膝も出ている。ジーンズが大きすぎて引きずるため裾は折り曲げている。白黒写真のため藍色は出ていないが紛れもないジーンズなのである。何よりも当時も今に至るまでもOJISANの記憶にはジーンズの意識しか残っていない。
実はOJISANは母親の買ってくれたこのジーンズが大嫌いだった。小学生ながらも当時のジーンズが安物でカッコワルイもので、学校の誰もが着たり、穿いたりしていない代物だと分かっていた。母親は安いから買ってきて問答無用でOJISANに穿かせた。拒否すればパンツしかない貧乏な身なので泣く泣く穿いた。せめてもの抵抗で「長すぎて引きずるー」と言ったらデリカシーがなく、めんどくさがり屋の母親は裾をひょいと曲げてハイおしまい。現代のように不登校とか登校拒否と言った意識がなかった時代なのでかくして当時のOJISANは悲劇的ないでたちで通学したのである。たぶんこの経験がトラウマとなってジーンズに対する無関心を意識下で醸成したに違いないとOJISANは分析している。長く続いた暗黒の時を経過してOJISANはいま再びジーンズを穿き始めたが心中は複雑である。出っ腹の自分にジーンズは似合うだろうかと。
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